第6話「炎獄の騎士」
「な、何だと!? 始末した!?」
「そうだ。さすがはコルム大陸を束ねる者、なかなかの腕だった。だが、私の敵ではない」
真紅の騎士が平然と答える。だが、タライムはにわかにその言葉を信じられなかった。
「へっ……。証拠でもあんのかよ?」
「一年間もの間、消息不明。それが何よりの証拠ではないのか?」
その言葉に、タライムが沈黙する。確かに、この一年間、誰もがその可能性を考慮していた。しかし、正体不明の奴の言葉を信じ、おめおめと帰るわけにはいかない。
「この目で死体を確認するまで、その言葉を信じるわけにはいかねぇな」
「死体などとうに捨てた。ボロクズをとって置いても仕方なかろう?」
「てめぇ……!」
「無駄話はこの辺りにしておこう。まだ仕事も残っていることだしな」
真紅の騎士が強引に話を切り上げる。タライムもそれ以上の追求はしなかった。この話が本当かどうかは、戦ってみればおのずと判別がつく。無理に話を引き伸ばすより、その方が遥かに有効だろう。
「いいぜ。どちらにしろ、てめぇはレバンについて何か知ってそうだ。力づくで吐かせてやるぜ」
タライムは二本の剣を構えると、レオナの方に振り向いた。
「レオナ、お前は下がってろ。手を出すなよ」
「で、でも……」
食い下がろうとするレオナに、タライムが強い視線を向ける。それを受け、レオナは観念したように数歩後退した。レオナの後方支援は有効だが、敵の能力がわからない以上、迂闊に手を出せば相手の攻撃の対象になる恐れがある。それに、先程の会話からいって、敵のターゲットはタライム一人のようだ。ならば、手を出さなければ攻撃されない可能性はより高い。
「では、行くぞ」
真紅の騎士がタライムに告げる。タライムはすぐに剣を交差させ、防御の姿勢を取った。相手の能力がわからない場合、まずは相手の出方を見るのが定石だ。
敵もそれがわかっているのだろう。タライムが防御の姿勢を取ったのを見て、迷わずこちらに向かって突進してきた。
(速い!)
重厚な真紅の鎧を身に付けているにも関わらず、敵のスピードは予想より遥かに上だった。5,6メートルはあったであろう距離を一瞬で詰め、炎をまとった剣を繰り出す。タライムは二つの剣でその攻撃を受け止めた。
(重い! パワーもあるか!)
敵の剣がタライムの剣をギリギリと押し返す。タライムは交差させていた剣をなぎ払って敵の剣を弾き飛ばすと、すぐさま後退し、体勢を立て直した。
(典型的なパワータイプかと思ったが、スピードもあるな。それに、あの炎をまとった剣は予想以上にやっかいだ)
目前数センチに迫る炎は、予想以上に恐怖心を呼び起こす。しかも、直接炎に触れずとも、その熱さで肌がぴりぴりと焼けてくる。下手をすれば、剣自体を溶かすかもしれない。
「なるほど、確かに口ばっかりじゃねぇみてぇだな。だが……」
タライムは防御の姿勢を解き、両手の剣を腰の辺りに構えた。
「レバンを始末したってのは、ハッタリだ!」
今度はタライムが真紅の騎士に向かって突進する。真紅の騎士はゆったりと剣を構え、タライムの攻撃に備えた。
「はぁぁ!!」
タライムが両手の剣を交互に繰り出し、次々と攻撃をしかける。だが、真紅の騎士はその場から一歩も動かず、嵐のように繰り出される攻撃を全て受け止めた。
「どうした? この程度か?」
「ちっ!」
タライムが両足に力をこめ、敵の上空に飛翔する。そして、上空から急降下して敵の頭上を襲った。
「愚かな。無闇に宙を舞うとは」
真紅の騎士が剣を構え、攻撃に備える。宙では自在に身動きが取れない。攻撃のタイミングさえ掴めれば、いくら落下の威力があろうとも、防ぐのは容易かった。
「はっ!」
タライムが降下してくるのと同時に、横なぎの一閃を放つ。しかし、
「何!?」
剣はタライムの身体を通過し、むなしく宙を切った。
「残像か!」
「その通り!」
その瞬間、敵の背後に回ったタライムは、がらあきの背中に攻撃を仕掛けた。攻撃を受けた真紅の騎士は数メートル吹き飛ばされながら、空中で姿勢を制御し、両足で地面に着地する。重厚な真紅の鎧に阻まれ致命傷には至らなかったが、ダメージはしっかり与えられたようだった。
「確かに、その鎧を着てるわりには速いが、スピードじゃ俺の方が上だ。いくらパワーがあっても、俺には当たらないぜ。その程度の実力でレバンを始末出来るわけがねぇ。さぁ、知ってることを全部吐きな。命までは取らねぇからよ」
タライムがそう言って剣を突きつける。だが、その言葉を聞いた真紅の騎士は、何故か押し殺したような笑い声を漏らした。
「……何がおかしい?」
「く……くく……。いや、何、弱い犬ほどよく吼える、とはよく言ったものだと思ってな。これはなかなかに滑稽だ」
「あ? またお得意のハッタリか? そう何度も……」
「いや、すまない。手を抜いていたのは謝ろう。しかし、お前が本物か確認する必要があったものでな。どうやら、本物で間違いないようだ」
真紅の騎士が再び剣を構える。タライムもすぐに剣を構え直した。
「言っとくが、俺もまだまだ本気じゃないぜ?」
「それは残念だ。本気を見せる前に逝ってしまうのだからな」
「この野郎、人をおちょくるのもいい加減に……!」
タライムがそこまで言いかけた時、不意に眼前を一筋の風が吹きぬけた。
「タライムさん!」
背後のレオナが声を上げる。気がつくと、すぐ目の前に真紅の騎士の姿があった。
「な、何!?」
タライムが慌てて敵と距離を取る。真紅の騎士はそれを追わず、後退するタライムの姿を嘲笑うかのように見つめていた。
「いつのま……!」
そこで、タライムはふとした違和感に気がついた。右手でそっと喉元に触れる。ぬるりとした感触が右手の指に伝わった。
「惜しい。そのうるさい口をきけないようにしてやろうと思ったのだが」
大して悔しがる様子もなく、真紅の騎士がそう告げる。その程度ならいつでも出来る、と言わんばかりの口調だった。
(バカな……動きも太刀筋も見えなかった。あの一瞬で切られていたというのか)
避けられたのは、眼前を吹きぬけた風に本能的に危険を察知したからだろう。もう一度、今の攻撃を受ければ……。
「レオナ、逃げろ!」
反射的に、タライムはそう叫んでいた。この数秒の間に悟っていたのだ。この敵に対抗するカードは手元にない、と。
真紅の騎士が再びタライムに襲い掛かる。タライムは全神経を防御だけに集中させた。凶悪的なスピードで繰り出される攻撃を、二本の剣で懸命に防ぐ。しかし、攻撃を捨てて防御に徹しても、その全てを防ぐことは出来なかった。手、足、顔、胴体、あらゆる場所を剣がかすめ、激しい痛みと焼けるような熱さをタライムにもたらす。衣服が赤く染まり、タライムの動いた跡を追うように赤い雫が地面を辿った。
「ぐっ……あっ……」
熱さと苦痛のあまり、目の前が霞んでくる。タライムは最早剣を握ることもままならず、地面に剣を突き立ててなんとか自分の身体を支えた。背後にはまだ気配が残っており、一歩も動く気配がない。
「何…してんだ……早く、逃げ…ろ……」
なんとか掠れる声を絞り出して言う。だが、レオナはそこから一歩も動くことが出来なかった。苦戦するタライムを置いて逃げることなど出来ない。なんとか隙をついて援護したい。初めはそう考えていた。
だが、そんなレオナの想いは、このわずか十数秒の攻防の間に脆くも崩れ去っていた。隙をつくとか、そういうレベルの話ではない。この敵は、住んでいる次元が違う。未知の次元に住む敵への恐怖と、タライムが確実に死に近づいている二重の恐怖に震え、レオナはなんとかその場に立っているのが精一杯だった。
「どうした? 本気を見せてくれ」
真紅の騎士が攻撃の手を止め、タライムを見下ろす。本気で言っているのか、それともただ嘲笑しているのか、無感情な声色からは判断がつかなかった。
(つえぇ……強すぎる……反撃どころか、攻撃を視界に捉えるのが精一杯だ。だが、この戦い方、どこかで……)
タライムはなんとか思い出そうとするが、疲労と出血のせいかうまく頭が回らない。真紅の騎士は何も答えないタライムにため息を漏らした。
「この程度か。これならレバンの方がまだ張り合いがあったぞ。もういい、さっさと死ね」
真紅の騎士が余裕たっぷりに剣を振り上げる。そこで、タライムがようやく口を開いた。
「確かにつえぇよ……お前。俺じゃ、とても敵わねぇ……だがな……」
その瞬間、タライムは懐から手のひらに収まるような小さな木箱を取り出した。
「その慢心が唯一の弱点だ!」
木箱を軽く宙に放り投げ、剣で切り裂く。同時に、タライムは振り返ると全力でレオナのもとに走り出した。
「レオナ、目を閉じろ!」
タライムに命じられて、レオナが慌てて目を閉じる。すると、真っ二つに割れた木箱から辺りに強烈な閃光が発せられた。
「むっ……!」
タライムが緊急避難用に用意していた閃光弾は、一瞬にして相手の視力を奪う。それは真紅の騎士といえども例外ではなかった。
(こいつをまともに浴びれば5分は視力が回復しねぇ。傷を負ってても、5分あれば逃げられる!)
タライムはまずレオナを連れ、その後、足のつきにくい森の中に避難するつもりだった。しかし、
「勝負の途中でどこへ行くつもりだ?」
タライムがレオナのもとに着く前に、真紅の騎士がその間に割って入った。
「なっ!?」
タライムが驚きの声を上げる。背後では未だ閃光が上がっている最中だった。
(バカな! 閃光をまともに浴びたはずなのに、何故俺の動きを!?)
そこまで考えて、タライムの頭にある人物の顔が浮かんだ。
(そうか! こいつは……!)
そして、次の瞬間、タライムの意識は闇の彼方へと消えていった……。
第6話 終